福岡高等裁判所 平成12年(ネ)526号 判決
主文
一 本件各控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人の趣旨(控訴人ら)
1 原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人)
主文と同旨。
第二 事案の概要等
本件は、原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を、二〇年以上にわたって耕作などしてこれを時効取得したと主張する被控訴人が、本件土地の登記簿上の所有名義人丙田花子(昭和三〇年一月二二日死亡)の相続人である控訴人らに対して、その占有開始の時期である昭和四六年七月七日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求めた事案である(なお、被控訴人らは、「控訴人らは、被控訴人に対し、本件土地につき、昭和四二年月日不詳時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。」との請求を、当審において「控訴人らは、被控訴人に対し、本件土地につき、昭和四六年七月七日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。」と変更した。)。
本件の中心的争点は、被控訴人の占有が所有の意思のない占有(他主占有)と認められるかである。
第三 当事者の主張
一 請求の原因(被控訴人)
1 本件土地は、乙川次郎と春子の間の子である乙川花子(明治一三年一〇月二四日生。婚姻により「丙田花子」と改姓し、その後、再婚により「甲野花子」と改姓。以下、単に「花子」という。)が、もと所有していた。
2 被控訴人は、昭和四六年七月七日以降、本件土地を耕作などして占有してきた。
3(一) 本件土地については、花子を所有名義人とする登記(明治三六年三月九日受付の前主・丙田三郎から同日売買による所有権取得登記)がある。
(二) 花子は、昭和三〇年一月二二日に死亡し、その相続関係は原判決別紙「故丙田(甲野)花子の相続関係説明図(その一)(その二)」のとおりであり、控訴人らが花子の相続人である。
4 被控訴人は、控訴人らに対し、本件訴状をもって本件土地の時効取得を援用するとの意思表示をし、右訴状は平成一〇年八月に控訴人らに到達した。
5 よって、被控訴人は、控訴人らに対し、時効取得した本件土地の所有権に基づき、昭和四六年七月七日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。
二 請求原因に対する認否(控訴人ら)
1 請求原因1の事実(花子が本件土地をもと所有していたこと)は認める。
2 請求原因2の事実(被控訴人の本件土地の占有)のうち、被控訴人が本件土地を耕作していたことは認め、その開始時期は知らない。
3 請求原因3の事実(本件土地の花子名義の登記の存在と控訴人らが花子の相続人であること)は認める。
三 抗弁(控訴人ら)
1 他主占有権原
被控訴人は、本件土地が他人の所有に属するものであることを知りながら、本件土地を事実上占有しているにすぎないから、本件土地を占有するにつき所有の意思がなかった。
そして、被控訴人は、乙川家の先祖の供養をすることを依頼されて、乙川夏子(乙川家の家督相続人。昭和四六年七月七日死亡)と法律上の養子縁組もしないまま事実上の養子として、いつのまにか乙川夏子の家に入って、花子名義の本件土地を耕作していただけであって、その占有は、単なる「権原に基づかない不法占有」であって、保護に値しないものであるし、また、このような占有は、客観的外形的にみて「所有の意思をもった占有」ではない。
2 他主占有事情
被控訴人の本件土地の占有にあたっては、次のとおり、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情がある。
(一) 被控訴人は、昭和五五年ころ、宗像市の担当者から道路拡張工事に伴う本件土地の用地買収の話を受けた際、右担当者に対して本件土地が控訴人甲野太郎(花子と甲野四郎の間の五男であって、控訴人らの中心的人物。以下「控訴人甲野」という。)らの所有地であることを認めており、市からの買収に応じていいかどうか控訴人甲野に相談に来ており、被控訴人が占有中、真の占有者であれば通常とらない態度を示している。
(二) 被控訴人は、長時間にわたって本件土地の所有権移転登記手続を求めておらず、被控訴人が占有中、真の所有者であれば当然とるべき行動に出ていない。
四 抗弁に対する認否(被控訴人)
1 抗弁1の事実中、被控訴人は、乙川家の先祖の供養をすることを依頼されて、乙川夏子の事実上の養子となり本件土地を耕作していたことは認めるが、その余の点は否認する。
被控訴人は、昭和四二年ころ、乙川家の家督相続人である乙川夏子から、乙川家の跡継ぎとして、本件土地を同女の所有地として死因贈与され、更に、そのころ、夏子の自宅を改造してこれに居住し、かつ、本件土地の耕作を開始し、夏子が昭和四六年七月七日に死亡した以降、被控訴人が本件土地を独立して占有するに至ったもので、その占有に所有の意思があったことは明らかである。
2 抗弁2の事実のうち、被控訴人が、昭和五五年ころ、宗像市の担当者から道路拡張工事に伴う本件土地の用地買収の話を受け、控訴人甲野に相談を行ったこと、長時間にわたって本件土地の所有権移転登記手続を求めていないことは認め、その余は否認する。
なお、被控訴人は、自ら本件土地の公租公課を納め、本件土地を、「花子名義の自作地」として明らかに他人の土地である小作地と区別して行政にも届け出ているうえ、右道路拡幅工事の際に、残土を利用して本件土地を嵩上げして道路と同じ高さにし、その上に倉庫二棟を建設し、残った空地を資材置場や水稲の苗床として利用している。
第四 当裁判所の判断
当裁判所も、被控訴人の本件請求は理由があるものと判断する。その理由は次のとおりである。
一 請求原因について
1 請求原因1の事実(花子が本件土地をもと所有していたこと)は、当事者間に争いがない。
2 請求原因2の事実(被控訴人の本件土地の占有)のうち、その開始時期はともかく、被控訴人が本件土地を耕作して占有していたことは当事者間に争いがない。
そして、右争いのない事実に加えて、甲第五ないし第七号証、第一七号証、原審における被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、乙川夏子の事実上の養子となって昭和四二年以降、本件土地を耕作等していたところ、夏子の死亡した昭和四六年七月七日以降は独立してこれを占有し、その状態が二〇年以上継続してきたことが認められる。
3 請求原因3の事実(本件土地の花子名義の登記の存在と控訴人らが花子の相続人であること)は、当事者間に争いがない。
4 請求原因4の事実(時効の援用)は、訴訟記録上、当裁判所に顕著な事実である。
二 次に、抗弁について検討する。
1 まず、取得時効を主張する占有者の占有が所有の意思を有しないものであることについての立証責任等について述べる。
民法一八六条一項の規定は、占有者は所有の意思で占有するものと推定しており、占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は右占有が所有の意思のない占有に当たることについての立証責任を負うのであり、右の所有の意思は、占有者の内心の意思によってではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから、占有者の内心の意思のいかんを問わず、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情(このような事情を「他主占有事情」という。)が証明されて初めて、その所有の意思は否定することができるものというべきである(最高裁平成六年(オ)第一九〇五号同七年一二月一五日第二小法廷判決民集四九巻一〇号三〇八八頁参照)。
2 次に、抗弁1の事実中、被控訴人は、乙川家の先祖の供養をすることを依頼され、乙川夏子の事実上の養子となって、本件土地を耕作していたことは当事者間に争いがない。これと請求原因事実中の争いのない事実に加えて、証拠(甲号各証及び乙号各証、原審証人乙田八郎の証言、原審における被控訴人、控訴人甲野太郎及び控訴人丁山七郎の各本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件土地の由来や被控訴人が本件土地を占有するに至った経緯の概要は、次のとおりであると認めることができる。
(一) 乙川次郎と春子の二女として明治一三年一〇月二四日に出生した花子は、明治二八年四月一八日、丙田三郎と婚姻し、長女秋子及び二女冬子をもうけたが、明治三六年三月二五日に三郎と協議離婚をし、旧姓に復して二女冬子のみを連れて実家の乙川家へ戻った。本件土地は、用水路に接していない「天水田」と呼ばれる田であったところ、これを所有していた丙田三郎(花子の前夫)から花子に対して、明治三六年三月九日受付の同日売買を原因とする所有権取得登記がされている(本件土地が、三郎から花子へ譲渡された経緯の詳細は、現在となっては不明というほかはないが、本件土地の譲渡には、離婚に伴う慰謝料ないし冬子の扶養料的な要素を含んでいたものではないかとも推測される。)。
本件土地は、花子の前記離婚のころから、乙山家において耕作されていた。
(二) その後、花子は、明治三八年一一月八日に甲野四郎(当時の姓は、丁田)と再婚したところ、花子が甲野家に嫁ぐにあたってその子冬子については乙川家に残しその養育を委ねたままであり、また、本件土地についても従前のとおり、乙川家において、永年、耕作を継続していた。
(三) ところで、乙川家の戸主の地位は、次郎から五郎(次郎の長男)、和子(五郎の長女)、六郎(次郎の二男。昭和一三年六月一三日死亡)、夏子(六郎の長女。明治三六年三月一二日生)と移転したが、夏子の直系の子孫は昭和三三年ころに死亡しており、乙川家の祭祠ないし乙川家(夏子)に帰属する財産の承継及び夏子の扶養等が問題となった。
そして、一旦は、遠縁の乙田八郎が乙川家を事実上承継する話も出たが、結局、乙川夏子の衰えが目立つようになった昭和四二年ころ、親戚一同の協議の結果、親族の一員である被控訴人が事実上の養子として、法律上の養子縁組手続や改姓を行うこともなく、乙川家を継承して先祖の供養等も行い、夏子の財産も承継することとなった。そこで、被控訴人は、同年ころから、その妻とともに夏子の自宅を大改修して居住し、病気療養のため入院中の夏子の看護(もっぱら、被控訴人の妻が病院に出向くなどしていた。)も行うよになった。
(四) そして、被控訴人は、登記簿は花子の所有名義となっている本件土地についても、乙川家の家督相続人夏子に属する財産と考えて、これを夏子が死亡した後は自己が取得する意思で、昭和四二年ころから「うちの田」(乙川家の田の意味)として耕作をし、夏子が死亡した昭和四六年七月七日以降、独立して本件土地を耕作するなどして占有を継続してきた。なお、被控訴人は、夏子が死亡した際の葬儀も主宰し、その後の法要等も行っている。
3 ところで、抗弁1における控訴人らの主張は、結局、占有が法律上の権原に基づかない場合や、どのような権原に基づいて占有が開始されたのか明らかでない場合には、その性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得したものと考えるべきであるとし、更に、ある者の事実上の養子となった者が、事実上の養親ないしその養家の人間が従前、耕作してきた土地を自己が承継するつもりで占有を開始しても、その占有は、客観的外形的に所有の意思のある占有ではなく他主占有であると主張するものであるが、それらの主張は次のとおりの理由で採用できない。
すなわち、前判示のとおり、民法一八六条一項の規定は、占有者は所有の意思で占有するものと推定しており、占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は右占有が所有の意思のない占有に当たることについての主張立証責任を負うことからすれば、取得時効の成立を争う者は、占有者の占有がその性質上賃借権、使用借権等の他主占有権原に基づくことを主張立証することを要し、占有者の占有が自主占有権原に基づかないことを主張立証しただけでは足りないと解するのが相当であるところ、占有が法律上の権原に基づかないという事実や、どのような権原に基づいて占有が開始されたのか明らかでないという事実は、占有者の悪意を推認させる間接事実ではあるもの、占有者の占有がその性質上賃借権、使用借権等の他主占有権原に基づくことを主張立証するものではない。
そして、所有の意思とは、賃借人や使用賃借人などではなく所有者として占有する意思であって、法律上権原がないのにあると誤信した場合や、更には自己に所有権がないことを知っている場合であっても、所有の意思がないとはいえないところ(自己の所有物と信じていたか否かは、善意、悪意の問題である。)、本件のように、乙川夏子の事実上の養子となった被控訴人が、本件土地は夏子の所有に属するもので、これを夏子の死亡後は自己が承継する意思で占有を開始した場合も、その占有は、客観的外形的にみて所有者として占有する意思がないものということはできない。
4 更に、抗弁2(他主占有事情)について判断する。
(一) 抗弁2の事実のうち、被控訴人が昭和五五年ころ、宗像市の担当者から道路拡張工事に伴う本件土地の用地買収の話を受け、控訴人甲野に相談に行ったことは当事者間に争いがないが、乙第五号証によれば、市の担当者が被控訴人から聞いた内容は、「この土地は光岡の太郎(控訴人甲野のこと)さんのところの土地で、太郎さん達の印鑑がいるから勝手にできんから」「相続人が多いから買収は難しいかもしれん」というものであり、単に登記名義が自分にはないと述べているに過ぎないと解する余地も十分にあり、また、控訴人甲野に相談に行ったことについても、宗像市の方から、買収に当たっては本件土地の登記名義を被控訴人に変えなければ困る旨の要望があり、花子の相続人の判をもらうために控訴人甲野に相談に行ったという被控訴人の弁解のように解する余地も十分にあるから、被控訴人が占有中、真の所有者であれば通常とらない態度を示していたとまではいえず、これをもって他主占有事情として十分であるということはできない。
(二) 抗弁2の事実のうち、被控訴人が、長期間にわたって所有権移転登記手続を求めていないことは当事者間に争いがないが、長期間にわたって所有権移転登記手続を求めなかったという事実は、基本的には占有者の悪意を推認させる事情として考慮されるものであり、他主占有事情として考慮される場合においても、占有者と登記簿上の所有名義人との間の人的関係等によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないことも多い。この事実は、他主占有事情の存否の判断において占有に関する外形的客観的な事実の一つとして意味のある場合もあるが、常に決定的な事実であるわけではない。
そこで、これを本件についてみると、先に認定した事実に、甲第一ないし第五号証、乙第七号証、第九号証、原審証人乙田八郎の証言、原審における被控訴人、控訴人甲野太郎及び控訴人丁山七郎の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人と控訴人らは親戚縁者の関係にあること、花子と夏子の関係は原判決別紙「家系図」のとおりであり、被控訴人が、夏子の面倒をみて、その死後は乙川家の祭祀を承継していたことなどから、被控訴人と控訴人甲野らとは親しい関係にあったこと、被控訴人は、昭和四二年から本件土地を耕作していたが、その間、控訴人らとの間で本件土地の権利関係をめぐって紛争が生じたことはなく、被控訴人への所有権移転登記手続がなされていなくとも不都合はなかったこと、花子の相続人は多数にのぼっており、所有権移転登記の手続をすること自体が容易ではなかったことが認められ、これらの事情に照らすと、長期間にわたって本件土地の所有権移転登記手続を求めていないことが所有者として異常な態度であるとは必ずしもいえないうえ、甲第五、第八ないし第一一号証、乙第七号証、原審証人乙田八郎の証言、原審における被控訴人、控訴人甲野太郎及び丁山七郎の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、自ら本件土地の公租公課を納め、本件土地を「花子名義の自作地」として明らかに他人の土地である小作地と区別して行政にも届け出ているし、右道路拡幅工事の際に、残土を利用して本件土地を嵩上げして道路と同じ高さにして田としては使えないようにし、その上に倉庫二棟を建設し、残った空地を資材置場や水稲の苗床として利用しているなど真の所有者でなければ通常はとらない態度を示していることが認められることからすると、被控訴人が長期間にわたって所有権移転登記手続を求めなかったことをもって他主占有事情として十分であるということはできない。
5 以上のとおり、控訴人らの抗弁を認めることはできず、被控訴人の本件土地の時効取得を妨げる事由はなく、被控訴人の請求は理由がある。
第五 結論
以上の次第で、原判決は相当であるから、本件各控訴をいずれも棄却し、控訴費用の負担について、民事訴訟法六一条、六七条一項本文、六五条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・川畑耕平、裁判官・岸和田羊一、裁判官・白石哲)